仕事で決まる環境

 

 

 

こんばんは

 

 

 

港区に憧れて港区に住み始めて2週間が経ったとしています。憧れた街に住んでいるので高揚した気分はついていますが1つだけやはり変わらないものが・・・。

 

 

 

 

それは、仕事。

 

 

 

 

仕事のスタイルによって自分の生活スタイルも決まってくる。つまり憧れの街に住んでもやりたいことがあったとしても遅くまで仕事をしている生活が変わらない限り、気になるあの店に行くこともないし、ふらっと街を出歩くという気持ちも湧いてこない。

だから自分の生活はその大半が仕事で決まるのだなぁとつくづく感じています。

 

 

 

 

 

 

もちろん、出不精な私は1人で出歩くことに少し抵抗があるために、この街を十分に楽しめてないというのも事実。

 

 

 

 

ただ、やはり仕事を言い訳にして自分の生活をおろそかにしていいわけではないなと感じるので、目指すべき生活スタイルとして全力で仕事をやりつつ自分の時間も大切にできるバランスを求めていきたいなと思います。

これは1人暮らしをしたから気付いたことではないけれど、1人暮らしをしてより強く感じていることです。

 

 

 

 

同時に、1日のほとんど過ごす仕事という時間に関して、その時間を好きなことで埋め尽くし、全力でその時間に打ち込める生活はより充実感が強いのかなあと思います。だからこそ「仕事を充実させる」という誰もが考えることを形にしていく意味はとても大きいし、結果的にそれはとても素晴らしいことなんじゃないかと思います。

 

 

 

 

 

もっといい仕事ができるように成長していこう。

他の住人

 

 

 

 

おはようございます。

 

 

 

 

今まで実家は壁が厚いとこしか経験がなかったのですが、今日、初めて近所迷惑なるものを感じました。

 

 

 

 

 

上の方の住人さん・・・サザン歌いすぎ!笑

まぁ真夜中にサザン歌うほど発狂したい気持ちは分からんでもないと思って、子守唄にしました。・・・・・いやなってないな。

 

 

 

 

 

どこに住むかも大事だけど、どこに行っても人付き合いというか人と関わることはある。

だから誰と住むかや、誰がいるとこに住むかも大事なんだなーと、小さく感じています。

 

 

 

 

 

にしても意外と壁薄いなぁ。

ちょっとの責任感

 

 

 

 

こんばんは。

 

 

 

今日はふと思いついた新しい発見があったので珍しく2連投したいと思います。

 

 

 

 

 

 

実家では例えば生活用品の何かがなくても食べたいものの何かがなくても買おうかな準備しようかなと思っているうちに揃ってしまっている環境がありました。

もちろんそれは母が常々気を遣ってくれていて日々の生活が充実していた証拠なのですが、それが自分にとっては苦になっている節もあったのだと感じています。

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとの責任感で自分から動けたはずの何かを失ってしまっていたということなのだと思っています。

小さな一歩、小さな動き出しが自分の行動力を育んでくれるかもと感じていたものの、もちろん自分の意思の問題もありますが、実家ではそれを具体的なアクションに落とし込む環境はほとんどありませんでした。

 

 

 

 

 

 

一人暮らしを始めたことによってそうした小さなアクションの成否が自分で感じられるようになり、自分と言う人間が小さくも少しずつ成長していると言うことを感じられていて、それが一人暮らしの初期段階で感じる面白さなのかなと今感じています。

 

 

 

 

 

 

そうした小さなアクションの成否が自分で感じられるようになり、自分と言う人間が小さくも少しずつ成長しているということを感じられる。それが一人暮らしの醍醐味の一つであるのかもしれないと思いました。

 

 

 

 

一人暮らしでの発見はまだまだたくさんあると思います。楽しいな。

 

 

 

無言・無音の生活

 

 

 

 

こんばんは。

 

 

 

 

一日の終わりにこのブログを書くことが日課になってきました。

一人暮らしを始めてから実家での家族との会話もなくなり特に音楽をかけると言うこともないため生活の中に無音の時間が増えてきました。

 

 

 

 

 

この無音の生活と言うのは一人暮らしをする前は自分には合わないものだと思っていましたがいざやってみると誰にも邪魔されずに自分の考えことに思いがめ巡り、何でもない時間が思索の時間にかわり、頭の中が充実してきたように感じます。

 

 

 

 

まわりからは一人暮らしをすると独り言が増えると聞いていましたが、特に何かを発したいという欲もなくこの一人暮らしでは独り言を発する事は特にありません。

 

 

 

 

 

意外とこの生活が自分の肌に合っているように感じています。

 1人の時間を大切にするということが意外と自分にとってはリラックスできる時間なのかもしれません。

実家では少なからず家族の存在を感じているためどうしても1人にはなりきれません。

それは思いの外ストレスになっていたのだなと感じています。

 

 

 

 

 

 

 1人になって自分の生活のルーティンに対する責任感のようなものも感じるようになりました。これはとても良い傾向な気がしていて、もう少し肌で実感をしながら検証していきたいと思います。

 

 

 

 

 

結論から言えば、一人暮らしは快適です。

湯を沸かす幸せ

 

 

 

 

こんばんは。

 

 

 

一人暮らしを始めて初めて湯船に浸かりました。

 

 

 

 

 

 

うーーーーーん。

 

 

 

 

 

 

 

 

やばい、ちょー幸せ。

 

 

 

 

 

実家では毎日のように湯船につかっていたのでそんな当たり前のルーティーンがなくなったことの大きさをここで感じると思いませんでした。

 

 

 

 

一人暮らしを始めてからは朝晩のシャワーが当たり前になり、お湯を沸かして湯船に浸かるという時間のかかる行為にめんどくささを感じていました。

 

 

 

 

しかし、いざ使うとこれまで感じたことのない包容力と幸福感!!!

お湯に浸かるだけなのに!

これほど幸せだとは!

 

 

 

 

 

実家で湯船につかっている時はただじんわり熱さを感じ機械的に5分から10分を過ごして出ていましたが今日は湯船から出るのが嫌で嫌で仕方なくなるほど湯船におりました。

 

 

 

 

 

おそらくこの1週間で無意識に感じていた体のストレスや心理的なストレスが限界に足したのかもしれませんが、毎日当たり前のことを繰り返す生活がいかにストレスなく自分の生活を支えていると言うことがわかりました。

 

 

 

 

うん、お風呂っていいなぁ。

ホテル暮らしと一人暮らし

 

 

 

こんばんは!

 

 

 

一人暮らしを始めてスッと慣れてしまったことは一人で寝ること。

一人で部屋にいる寂しさみたいなのはやはりあるものの、寝ることにフォーカスすると意外と順応しています。

 

 

 

 

 

 

なぜ意外なのかというと、一人で無音の中で寝るのが苦手という意識があったからです。

もっと言えば一人になること自体にけっこう不安を感じていたようで、それが睡眠にも影響するかなと思っていたのです。(一人になることの不安については長くなるので割愛)

 

 

 

 

 

 

 

ただ、仕事において一人で出張することが増えてきて、どうしてもホテルの部屋で一人で寝るという現実に直面してきたので、慣れたかなと思っています。

 

 

 

 

 

 

ホテル暮らしと言えば、今回のOYO LIFE生活は服と少しの生活用品を持ってきただけで基本的な生活用品はちゃんとあるので、生活の仕方はホテル暮らしと変わらないなぁと感じているところもあります。

もちろん、生活の拠点を移しているので環境の変化という点では新鮮なことが多いですが。

またこの点はつらつら書いていきます。

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと短期過ぎたかな・・・?

 

 

 

 

 

 

 

まぁもう少しじっくり楽しみます。

週末の寂しさ

 

 

 

こんばんは!

 

 

 

実家を出て1週間。

初めての週末がやって来ました。

 

 

 

 

 

え、寂しいぞ・・・!?

 

 

 

 

みんなこの寂しさに耐え抜いてきたのか!?

 

 

 

 

 

これが一人暮らしというやつか!?

 

 

 

 

しかし、実家に帰りたいというわけではないんです。

・・・そうです、そもそも寂しがりでした笑

 

 

 

 

 

こうした自分の内面に気付くことができて良かったなぁと思います。

「自分と向き合う一人暮らし」というのは心の中でテーマとして掲げていたので、その成果が出ているという意味では良いと思っています。

 

 

 

 

ただ、とはいえ寂しいもので先輩を呼び出して深夜まで呑んだくれるという普段あまりやらないことをやりました。笑

 

 

 

 

 

まぁそれ自体は楽しかったのですが、寂しさを適当に埋めることは良くないなと思索を開始したわけです。

 

 

 

 

 

そんなことを考えていたら、生きる上で何を選び、何を選ばないかなんていう究極の思考まで至ってしまいました。

でも、これは割と本質かもしれない。

 

 

 

 

 

思索する時間を長めに取ってみたいと思います。